【レジェンド】シンガポール建国の父、リークアンユーとは?【前編】

なんしよーと!KYONです。

今回は僕の大好きな国、シンガポールのレジェンドと言われた

シンガポール繁栄における超重要人物をご紹介します。

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シンガポールは1965年に隣国マレーシアから独立し、誕生しました。

当時は0スタートでしたが、東南アジアの中心、マラッカ海峡

交通の要衝としての立地を活かし、シンガポールを世界経済のハブに

押し上げ、成長させた人物こそがリークアンユーです。

リークアンユーとは?

リークアンユーは1923年9月16日にシンガポール北部の

カンポン・ジャワロードで中国人両親の間に生まれました。

中国系移民の第4世にあたり、その中でも高い教育を受けた

『海峡華人』と呼ばれるエリートに属します。

リークアンユーの少年時代は?

英語を話す華人の家系に生まれたリークアンユー

基本的に中国語は使わず、周囲には中国人の友人もいませんでした。

彼が少年時代によく遊んでいたのはマレー人ばかりで

中国語よりマレー語を使う機会が多かったそうです。

彼は政治家になったのちに中国語を使うようになりますが、

これは家庭環境で培ったスキルではなく、シンガポール

華人から支持を得るために政治活動の間に言語を取得した

と言われています。

彼は12歳の時にシンガポールを代表するエリート校である

ラッフルズ学院に入学し、英文学・経済学・数学を専攻します。

リークアンユーはこのエリート校で優秀な学生としての評価を受けます。

その結果、リークアンユーシンガポールの名門である

ラッフルズ大学の奨学金資格を獲得しました。

(※3年に1度1名の学生しか獲得ができない難しい資格です。)

このことからリークアンユーの学生時代からの優秀さが分かります。

建国のきっかけとなった太平洋戦争

ラッフルズ大学に在学中の1941年に太平洋戦争が勃発しました。

シンガポールは日本軍に占領され、大学は閉鎖されます。

イギリスの撤退と日本軍の占領が約3年半続いたことにより

リークアンユーシンガポールを建国する決意を固めます。

これまで絶対的と考えられていたイギリスが日本に降伏し、

イギリス人が日本兵服従している姿はイギリスによる

シンガポールの絶対的支配という神話を打ち砕きました。

しかもアジアの民族である日本人が白人神話を壊したのです。

シンガポール人と同じアジア民族である日本人がイギリス人を

無条件降伏させた出来事とその後の日本による過酷な占領によって、

リークアンユーをはじめ多くのシンガポール人はシンガポール

統治するのは外部勢力ではなく、シンガポールで生活を営む

自分たちでしかないという感情へと変化していきます。

後編へ続く➡

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